名古屋の街を、そっと記録する。

Local Stories and Daily Life from Nagoya

Kotonoha

山勝染工・中村剛大さん ー 守るために、変わり続ける。

伝統って、
続いてきたから伝統なんですよ。

途切れてしまったら、
それはもう遺産なんです。

名古屋城のほど近く、
名古屋・城西。

この街で100年以上、
黒を受け継ぐ会社がある。

代表の中村さんが向き合うのは、
伝統工芸そのものではなく、
人と伝統、人と街との距離だった。

伝統を未来へ残すこと。

その先にあったのは、
この街への誇りを
未来へつないでいくという話だった。


Kotonohaのロゴ
名古屋黒紋付染の工程を確認する山勝染工4代目・中村剛大さん。伝統工芸の現場風景

言葉をすくい取り、
手渡していく──

Kotonohaでは、
名古屋に息づく人の声や温度を通して、
街の輪郭を描いています。

今回お話を伺ったのは、
創業106年を迎えた
山勝染工株式会社で、
名古屋黒紋付染を受け継ぐ
4代目代表・中村剛大さん。

その言葉を通して、
「変わり続けること」が
未来へつなぐものを、
一緒に見つめていきます。


外へ出て知ったこと


名古屋市西区にある山勝染工株式会社の社名看板。名古屋黒紋付染を受け継ぐ老舗染色工場

山勝染工株式会社は、
曾祖父の代から名古屋黒紋付染を
受け継いできた。

けれど、
事務所も工場も、
幼い頃の中村さんにとっては
特別な場所ではなかった。

「子どもの頃は、それが日常すぎて印象がないんですよ。」

曾祖父におんぶされながら
事務所にいたこと。

工場を見に行っていたこと。

断片的な記憶は残っている。

そのくらい、
家業は生活の一部だった。

社会人になる頃のことを尋ねると、
中村さんはこう振り返る。

「親父から『社会の仕組みを知ってきなさい』
って言われてたんで、人材派遣会社へ入ったんです。」

営業として、
さまざまな企業や工場へ
足を運んだ。

2年目で営業のコツをつかみ、
3年目には所長に抜擢された。

気づけば、人と向き合い、
組織をつくる毎日だった。

その後、家業へ戻ったものの、
長くは続かなかった。

「やりたいことがやれなかったし、
自分が必要とされていない感覚があったんです。」

中村さんは苦笑いした。

当時の社内には、
変化を受け入れにくい空気があった。

「自分を必要としてくれる会社があるから、
そこへ行くって親父に言って辞めました。」

以前勤めていた人材会社で
一緒に働いていた人から声をかけられ、
その会社で営業として再び働き始めた。

新しい事業所の立ち上げにも携わり、
マネジメントの経験も重ねていく。

「僕はね、もうバリバリ営業マンなんですよ。」

中村さんは、きっぱりと言い切った。

職人ではなく、営業マン。

人と会い、
新しい仕事をつくり、
事業を進めた。

山勝染工の職人と話す4代目代表・中村剛大さん。名古屋黒紋付染を受け継ぐ工房の風景

そんな中、
父の死をきっかけに、
家業のこれからを考えなければならなくなった。

4代目染め師として家業を受け継いでいた弟とも話し合い、
中村さんは再び山勝染工株式会社へ戻る決断をした。

外の世界で積み重ねてきた経験は、
やがてこの場所へ戻る日のための
糧だったのかもしれない。

途切れさせたくない。

その思いを胸に、
中村さんは、この場所へ戻った。


変わらなければ、続かない


名古屋黒紋付染の染色見本帳と職人。山勝染工で受け継がれる伝統工芸の染色技術

家業へ戻って間もなく、
中村さんは危機感を覚える。

「変わらないと、会社がなくなるのを
指をくわえて待つだけになってしまう。」

まず取り組んだのは、
工場の効率化。

外の世界で積み重ねてきた経験を、
一つずつ会社へ
持ち込んでいった。

けれど、それだけでは足りなかった。

着物を着る人は、
年々減っていく。

待っているだけでは、名古屋黒紋付染も
人々の暮らしから離れてしまう。

「伝統工芸を遠いものにしたくない。」

その思いから、2013年には
アパレルブランド「中村商店」を立ち上げる。

山勝染工が手がける名古屋黒紋付染の生地サンプル。黒紋付染ストールなど伝統技術を活かしたオリジナル製品

着物ではなく、洋服へ。

届ける相手は変わった。

けれど、受け継いできた技術は変わらない。

「最初はもう、全然だめで。」

当時を思い返しながら、
中村さんは笑う。

「これまで派遣業界にいた人間が、
急にアパレルを始めても
売れるわけないじゃないですか。」

試しては考え、また挑戦する連続。
すぐにうまくいったわけではない。

「面白いものがあるんですよ。」

そう言って、
中村さんは席を立った。

以前携わった仕事の資料を、
次々と見せてくれる。

百貨店との
コラボレーション。

映画やCMの
衣装制作。

名古屋観光ホテルで手がけた
「匠ルーム」。

名古屋黒紋付染という技術は、
少しずつ着物の外へと広がっていった。

山勝染工の工房を見つめる4代目代表・中村剛大さん。名古屋黒紋付染の現場風景

自ら動き、人と出会うたび、
新しい仕事が生まれていった。

説明する声は少し弾み、
表情も自然とほころぶ。

「自分は運がいいんです。」

中村さんは、そう語る。

その一方で、会社を続けていくことの重みは、
中村さんの言葉の端々ににじんでいた。

「ずっと苦しいですよ。」

少し間を置いて、続ける。

「まぁ、本当にしんどかったら、
こんな笑って話してないですけどね。」


伝統は、「いいもの」
だけでは残らない


山勝染工に保管される名古屋黒紋付染の染色見本帳。長年受け継がれてきた染色技術と記録

「伝統工芸だからといって、
尊いものとして遠くに置いてしまうと広がらない。」

伝統工芸のあり方について、
中村さんは間髪入れずにそう語った。

例えば、伝統工芸には認証マークがある。

けれど、グッドデザイン賞と比べると、
その存在を知る人は決して多くない。

どれだけ高い技術や長い歴史があっても、
その価値は自然には伝わらない。

「エルメスのバッグをつくる職人も、
黒紋付染の職人も、技術でいえば同じ職人なんですよ。
でも、多くの人が価値を感じるのは、
エルメスという名前のほうかもしれない。」

技術を磨く人がいる。

その価値を伝える人がいる。

その両方がいてこそ、
伝統は社会へ広がっていく。

そして、その価値に共感し、
関わる人が増えていく。

名古屋黒紋付染の布を染液へ入れる職人。山勝染工の染色工程

そうした「関係人口」が広がることで、
名古屋黒紋付染の新たな可能性も少しずつ広がっていった。

技術を受け継ぐ人だけではなく、
価値を広げる人も増えていく。

伝統は、そうして未来へつながっていく。


名古屋の人が、名古屋を知らない


名古屋黒紋付染の工程を確認する山勝染工4代目・中村剛大さん。伝統工芸の現場風景

「名古屋の人が、名古屋を知らない。」

インタビューの中で、
その言葉は何度も繰り返された。

中村さんは、オーストラリアで
1年間暮らした経験がある。

「外へ出て初めて、
日本っていい国だなと思えたんです。」

離れてみて初めて、
当たり前だった景色や文化の
価値に気づいた。

名古屋も同じだ。

名古屋は暮らしやすく、
居心地がいい街だ。

だからこそ、
多くの人は
この街で暮らし続ける。

山勝染工で使用される名古屋黒紋付染の染色槽。伝統工芸を支える染色設備

「ずっと同じ場所にいると、
この街が持つ文化や伝統、
歴史をあらためて知る機会は意外と少ない。」

工芸も、祭りも、
この土地で受け継がれてきた
産業も。

「地域教育が必要ですよね。」

子どもの頃から、自分たちの街を知る。

地域の産業を知り、
そこで働く人を知る。

そうした積み重ねが、
「名古屋っていい街だな」
という実感になり、
街への誇りを育てていく。

中村さんが見つめているのは、
伝統工芸だけではない。

この街を知り、
この街を好きになる人が
増えていく未来だ。


「ナゴヤブラック」の先にある景色


染め上がった白と黒の生地から水を切る黒紋付染の仕上げ工程

会社を継いだとき、
中村さんが掲げた
企業理念がある。

「伝統を守ることは、変化を続けること。」

本質は変えない。

けれど、
時代に合わせて
形は変えていく。

名古屋黒紋付染を、
もう一度、人々の暮らしへ。

その入口として
生まれた言葉が、
「ナゴヤブラック」だった。

黒を、もっと日常に。

技術だけでは残らない。

職人だけでも残らない。

誰かと一緒につくっていく。

それが、中村さんの
変わらない考え方だった。

山勝染工の工房で笑顔を見せる4代目代表・中村剛大さん。名古屋黒紋付染の現場

「名古屋に来たら、
みんな黒い服を着てるって、
良くないですか。」

笑いながら、こう続けた。

「家康も黒が好きだったんですよ。」

そう話す表情は、
どこか楽しそうだった。

名古屋黒紋付染が、
人々の暮らしの中に
自然と息づいていること。

名古屋で暮らす人たちが、
自分たちの街の文化を
知っていること。

そして、
この街に誇りを
感じていること。

「伝統って、続いてきたから伝統なんですよ。
途切れてしまったら、それはもう遺産なんです。」

中村さんが残そうとしているのは、
黒紋付染だけではない。

名古屋黒紋付染の工房に立つ山勝染工4代目・中村剛大さんのポートレート

この街を知り、
好きになる気持ちもまた、
次の世代へ受け継いでいきたいものなのだろう。

「ナゴヤブラック」が、
いつかこの街の日常になる。

その先にある景色を
思い描きながら、

中村さんは、今日も歩みを進めている。


中村 剛大(なかむら たけひろ)
山勝染工株式会社4代目代表。創業106年を迎える山勝染工株式会社で、名古屋黒紋付染を受け継ぐ。人材派遣会社で営業・マネジメントを経験した後、家業へ戻る。伝統だけにとらわれず、アパレルブランド「中村商店」を立ち上げるなど、新たな挑戦を重ねながら、名古屋の文化やものづくりの魅力を次の世代へつないでいる。

Instagram: @nakamurashop_1601

中村商店 〒460-0008 名古屋市中区栄3丁目18-1 ナディアパーク1F

  • 記事を書いたライター
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Natsuki

名古屋在住20年以上。お酒とコーヒー、そして笑いのある日常を大切にしている。子育てをきっかけに、長く暮らしてきた名古屋の別の表情が見えるように。人の価値観に触れ、世界が広がる瞬間が好き。Tewatashiプロジェクトでは、名古屋の何気ない瞬間を拾い上げ、人と場所のつながりを表現していきたい。

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