Local Stories and Daily Life from Nagoya
板鼻氷店 ー 名古屋のだいぶ南、あの焼きそばの記憶

夏が近づくと、思い出す店がある。
名古屋市南区堤起町。
名古屋のだいぶ南。
大江駅からも少し離れた住宅街に、
板鼻氷店はあった。
地元の人でなければ、
なかなか訪れることのない
焼きそばと、お好み焼きと、かき氷の店。
今から数年前に暖簾を下ろしたその店は、
確かにこの街の日常の一部だった。
寮から30秒、いつの間にか通うようになった

板鼻氷店のことを教えてくれたのは、
15年以上通った常連の岡ちゃんだ。
初めて就職した会社の寮が、
店から30秒ほどの場所にあったという。
慣れない土地での新しい生活。
「外観を見た瞬間に、間違いないと思ったんですよ」
少し色褪せた看板。
鉄板の熱気。
昭和の空気をそのまま残したような店構え。
気づけば足を運ぶようになり、
それから15年以上通い続けた。
「もう南区の家みたいなものでしたね」
そう話す表情からも、
この店との距離の近さが伝わってくる。
注文はいつも特盛肉焼きそば

岡ちゃんの注文は決まっていた。
特盛肉焼きそばに目玉焼き。
さらに、しょうが大盛り。
豚肉の甘みとソースの香ばしさ。
鰹節の風味。
そして、鉄板で焼かれる独特の香り。
「もう板鼻以外愛せないんですよ」


少し笑いながらそう話す。
店にはお好み焼きもあったが、
岡ちゃんにとって板鼻氷店といえば焼きそばだった。
冬になるとおでんも並ぶ。
夏にはかき氷。
それでも、岡ちゃんにとって板鼻氷店といえば、
やはり特盛肉焼きそばだった。
お父さんとお母さんがつくっていた空気

板鼻氷店の魅力は、味だけではなかった。
鉄板の前に立つお母さん。
その横で自然に動くお父さん。
長年続けてきたからこその呼吸があった。

お母さんが焼き、お父さんが支える。
言葉にしなくても伝わるようなやり取り。
店を好きだった人たちは、
焼きそばだけでなく、
その風景を求めて通っていたのかもしれない。
ここにあったもの

最近は、こうした店を見かける機会が少なくなった。
住宅街の片隅で長く続き、
近所の人たちの日常を支え、
気づけば街の風景になっている店。
板鼻氷店も、そのひとつだった。
派手な名物があったわけではない。
それでも、15年通った人がいて、
夏になると思い出す人がいる。
それだけで、
この店が街に残したものの大きさがわかる気がする。
「お父さんとお母さん、元気にしているだろうか」
と岡ちゃんはつぶやく。
今年もふと板鼻氷店を思い出す季節がやってきた。