Local Stories and Daily Life from Nagoya
名古屋・熱田区の「喫茶富士」ー レトロじゃなくて、ずっとここにあるもの

名古屋市熱田区。
八熊通の交差点から西へ進み、
野立小学校へ抜ける道の途中に、
喫茶富士はある。
昭和の忘れ形見が、
ぽつんと置かれているような佇まい。
外観を見ただけで、
思わずドキッとしてしまう。
とにかく、
この「ぽつんと感」がたまらない。

店に入ると、
奥から、ママさんが見ている
テレビの音が聞こえてくる。
外観から受ける印象よりも、
店内はずっと広く感じた。
絵画が飾られた壁のレイアウトや素材、
落ち着いた色合い。


カーテン越しのやわらかな光。
整えられたカウンターの配置。
どこを見ても、
不思議と統一感がある。
「最近は、純喫茶好きとか
レトロ好きの人たちがよく来るの。」
ママさんは、
少し不思議そうに、
それでいて嬉しそうな口調で
話してくれた。
聞けば、
この店が始まったのは
1970年の大阪万博の頃。
けれど、
ママさんにとっては、
ここは「レトロな喫茶店」ではない。
「私のお母さんが始めた喫茶店で、
小さい頃からずっと
当たり前にあったから。
これがレトロとか、渋いとか、
あんまりピンとこないんだよね。」

この街には今でも、
昔からの喫茶店が
いくつか残っている。
もちろん、
変わっていくものもある。
でも、
この辺りに住む人たちにとっては、
この景色があることが普通だった。
だからこそ、
「こんなのに興味あるの?」と
少し驚いてしまうこともあるという。
それでも、
「来てくれるのは嬉しい」と笑った。
写真を撮ってもいいか尋ねると、
「いいよ、いいよ。ここ電気つけようか?」
と、店内の照明をつけてくれる。
その気さくさが嬉しかった。

店内には、
キャビンのたばこのディスプレイなど、
今ではあまり見かけなくなった
昭和の面影も残っている。
壁には、
絵画を飾るために
切り抜かれたような独特の意匠がある。
これを設計した人は、
どんな思いで
この空間をつくったのだろう。
ママさんによれば、
「こちらがこうしてほしいと
お願いしたというより、
建築士さんの好みだったんじゃないかな」
とのこと。
自由な発想で
つくられたのかもしれないその空間は、
半世紀以上経った今も、
この店ならではの個性として残っている。

ほんのり漂うたばこの香りも含めて、
この場所には、
昔を懐かしむだけではない、
今も続いている日常の温度があった。
不思議と、
切ない気持ちにはならない。
たぶん、
ママさんがたくさん
話しかけてくれるからだ。
ここには、
失われた昭和が
残っているのではない。
ずっとこの街で暮らしてきた人たちの
「当たり前」が、
今も変わらず続いている。
喫茶富士は、
そんなことを教えてくれる場所だった。