Local Stories and Daily Life from Nagoya
瑞穂通商店街 |記憶を辿る記録

好きなインフルエンサーが卒業発表をした。
YouTubeを主に活動していた子で、年齢は25歳。
その子の純朴な雰囲気や、生活を大切にする姿勢、抱えてる悩みを赤裸々に話す姿に同世代だけでなく私のようなお姉さん世代からも
母親のような目線で見守られている、そんな女の子だった。
最後の卒業動画で語っていたことは、YouTubeを始めた理由。
「とにかく自分を好きになりたかった。」
この言葉を聞いた瞬間、涙が流れた。
女の子の卒業が悲しいだけではない。
自分にもそういう時期があったな、と懐かしさが込み上げてきたからだ。
周りに置いて行かれるような焦燥感、今のままでいいのか? と心に渦巻く迷い…
そんなことを思い出していると
ふと、あの頃自分が見ていた街並みが恋しくなってきた。


私が20代半ば〜後半の3年間過ごした街は、名古屋市瑞穂区。転職のため三重の田舎から名古屋に引っ越してきたのだ。遅めであったが、念願の1人暮らしデビューに胸を躍らせており仕事もたくさん頑張って、友達も呼んで、やりたいことを思い切りやろうと意気込んでいた。

入社して間もなく、世の中はコロナで一変してしまった。
会社に顔を出してすぐにテレワークに切り替えられてしまい、コミュニケーションが上手く行かない日々。私の就職先はデザイン業であったため、ポスター制作を予定していたイベントが中止になったり取引先からの広告料削減の影響をもろに受けてしまっていた。
地元が恋しくなっても帰省できず、友人にも会えない日々。思い描いていた日々と現実のギャップに、悶々としながら生活を続けていた。
そんな時期、栄の都心へ出かけるのも不安だったため、気分転換となっていた場所がこの瑞穂通商店街。


この商店街のどこか懐かしい雰囲気が、私の日常の疲れを優しく包んでくれていたように思う。
あの頃の気持ちを思い出しながら、何度も歩いたこの道の記憶を辿っていく。


入社から何ヶ月かして通常勤務に変わった時も思うように伸びない業績と深夜まで続く残業に疲れ切っていた。
ここは会社に向かう足が重い時、よく通っていた対面式のパン屋さん。


いつも「おはよう」と声をかけてくれるおばちゃんと、朝から並ぶ焼きたてほかほかのパンに癒されていた。
この手作りのメニューボードが、おばちゃんのあたたかさが滲み出ているようで大好き。
この日は日曜日だったため、お休みの店が多く残念だったが、思い出をまた一つ掘り起こせたことが、かけがえの無い宝物を見つけられたようでなんだか嬉しい。

営業しているのかいないのか、よくわからなかったお店も変わらずそこにあって安心。
ガラス越しにこっちを見つめて首を振り続けるオモチャの大群は、初めて見たときちょっと怖かったな…

名古屋市博物館に寄ろうと思っていたのに、来年まで長期休館中とのこと。住んでいた頃に行っておけばよかったなと後悔したけれど、またこの街に来る理由が、思いがけずできてしまった。
この日の名古屋の気温は、なんと40度。
そろそろ休まないと体がもたない…… ということで、家の近くにあった思い出の喫茶店で、ひと休みすることにした。


当時、岡崎で同じく一人暮らしをしていた今の旦那と、
よくモーニングをしに通っていた喫茶店。
仕事が辛いときも、こういう何気ない時間や、旦那のさりげない愛情に救われていたなぁ……
なんて考えていたら、コーヒーのお茶請けに出てきた豆菓子がふと気になった。
この袋、ここでしか見たことがないかも?と思って、製造元を確認してみると ——

あ、名古屋だ。
こんなところにも、“地元愛”ってやつが、そっと隠れていたみたい。
さて、休憩も済んで、そろそろいい時間になってきた。
そうだ、帰る前に、大好きだった和菓子屋さんに寄っていこう。


山田餅本店の塩大福は、餅にしっかりとお米の風味が残っていて、大好きな一品。
疲労がマックスまで溜まると、ここの大福を一気に三つは平らげたものだ。今日は、家に帰ったら旦那とお茶をいれて、今度はゆっくりと頬張ろう。

この街での記憶は決して綺麗なものばかりでなかったし、どちらかといえば苦い思い出の方が多かったように思う。
それでもこの街並みが嫌いになれないのは、そんな思い悩んだ自分の記憶も含めて “愛おしい” と感じるからだろうか。
今、平穏な気持ちでカメラを向け、ここに立っていられるのは、自分の選択はきっと間違っていなかった、と少しの自信を持てたからだ。

夏の陽炎に揺れながら、思い出は滲んでいく。
私はまた、きっとこの街に来るだろう。その時は今よりもっと、自分を好きになれているといい。
あのインフルエンサーの女の子も「今はちょっぴり自分のことが好きになれた」と言っていたっけ。
夏の暑さも忘れ、ぼんやりとそんなことを考えながら
私はゆっくりと、帰路を歩いていた。