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カルチャー

熱田球場、ふたたび

約30年ぶりに、熱田球場を訪れた。

小学四年生の息子の少年野球、浅尾杯の決勝戦だった。

かつて中日で活躍した浅尾コーチが主催する
トーナメント大会。
子どもが関わるようになって、はじめて知る大会だ。

この界隈に足を踏み入れていなければ、
そんな大会があることも、
再び熱田球場に来ることも、
きっとなかったと思う。

ベンチ裏から望む名古屋・熱田球場のグラウンドと少年野球チーム

熱田球場は、名古屋市熱田区にある
歴史ある地方球場だ。

名古屋に住んでいても、
なかなか足を運ぶ機会は多くない。
けれどここでは、工藤公康やイチローをはじめ、
数えきれない名選手たちがプレーしてきた。

熱田神宮のお膝元にある球場として、
どこか背筋の伸びる佇まいがある。

いまは「熱田記念競技場(熱田球場2000)」
というらしい。
そんな名前がついていたことすら、
今回が初耳だった。

バックネット裏から見た名古屋・熱田球場の全景と試合風景

この日は、猛烈な冬の風。

屋根のない球場は風を遮るものがなく、
ネットを揺らしながら、グオーッと唸る音が響く。
寒さに耐えきれず、席を移動し、立ち上がり、
とにかく体を動かしてやり過ごす。

夏なら今度は、カチ割り氷が必須だろう。
なかなかに極端な球場だ。

それでも、この場所にどれだけの
ドラマが積み重なってきたのか。
そう思うと、遠くにしまっていた記憶が、
ふいに立ち上がってくる。

今から30年ほど前、愛知で国体が開催された年。
その夏、甲子園に出場した高校が集まる大会だった。
地元・愛知高校は、40年ぶりの出場で3回戦まで進出。
惜しくも敗れたものの、
その熱を抱えたまま国体に臨んでいた。

当時、自分は小学四年生くらい。
ただの野球少年として、
スタンドから試合を見ていた。

そしていま、
その「同じ学年」の子どもたちの試合を、
親として熱田球場で見ている。

時間が、きれいに折り返してきた。
勝手ながら、しっかりノスタルジーだ。

名古屋・熱田球場の通路からグラウンドへ向かう少年野球選手の後ろ姿
名古屋・熱田球場のロッカールームに並ぶ少年野球用具

年季の入ったブルペン、ベンチ裏、
バックネット裏やバックスクリーン。
球場のパーツひとつひとつが、
そんな記憶をそっと呼び戻してくれる。

余談だが、試合後に浅尾コーチ本人が姿を見せた瞬間、
現役時代を知らない子どもたちよりも、
当時をよく知るお母さまたちのほうが
明らかに沸いていた。
黄色い声援と、シャッターチャンスを狙う空気。
期待通りの光景だった、
ということは書き残しておきたい。

帰り道。

駐車場からふと見えた、
住宅街の隙間にどっしりと構える熱田球場。
この街に鎮座し、生活の風景の一部になっている。

野球の文化は、やっぱり尊い。

住宅街の向こうにそびえる名古屋・熱田球場の外観と街の風景

連れてきてくれた息子に、
心の中で小さく感謝しながら、
またひとつ、残しておきたい
名古屋のローカルが増えたと思う。
そんな帰り道だった。


熱田球場 〒4560027 愛知県名古屋市熱田区旗屋一丁目10番45号 ·

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T.hori

名古屋生まれ。 メルボルン、マニラを経て、約20年ぶりに地元へリターン。 街も、自分も、すこし変わっていて。 いまは、ローカルな手触りを探しているところ。 Tewatashi Projectでは、個人的で普遍的な地元の日常を、そっと切りとりたいです。

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