Local Stories and Daily Life from Nagoya
見晴台遺跡 ― 教科書の中の景色が、いつもの遊び場

名古屋市南区、笠寺公園。
ここには、弥生時代の大きな集落跡「見晴台遺跡」がある。
周囲を濠で囲んだ環濠集落の跡が残り、
公園内には発掘資料を展示する見晴台考古資料館や、
復元された竪穴住居もある。

多くの人にとっては、竪穴住居は教科書の中のものかもしれない。
でも自分にとっては、当たり前の景色だった。
小さい頃から笠寺公園で遊んでいたからだ。
歴史的に貴重な遺跡だなんて、当時は考えもしなかった。
それよりも、あの竪穴住居の柵を越えて、
中に入ってみたくて仕方がなかった。
今思えば、なかなか贅沢な遊び場だったと思う。
見晴台考古資料館と、変わらない記憶
久しぶりに見晴台考古資料館に入ってみた。
1979年に開館したこの資料館には、
見晴台遺跡から出土した弥生土器や発掘調査の記録が並んでいる。
面白いのは、半世紀以上にわたって市民参加の
発掘調査が続けられてきたこと。
展示資料の多くも、市民の手によって掘り出されたものだという。



そんなことを知ったのは、ずいぶん大人になってから。
子どもの頃の資料館の記憶といえば、入口近くの水飲み場だ。
ここの水が、むちゃくちゃ冷たかった。
公園で走り回ったあと、よくここで水を飲んだ。
展示品よりも水飲み場を覚えているのだから、
我ながらどうかと思う。
それにしても、この資料館は変わらない。
建物の雰囲気も、トイレも、
昔のままのような気がする。
懐かしいというより、
まだこのままなのか、という感じ。
少しうれしくなる。
笠寺公園に残る、もうひとつの歴史

笠寺公園には、戦争の痕跡も残っている。
戦時中に設けられた高射砲の砲座跡だ。
今ではロープで囲まれ、戦争遺跡として保存されている。
でも、子どもの頃はそんなことを知らなかった。
普通に登って遊んでいた。

あのコンクリートの構造物が何だったのか、
考えたこともなかった。
弥生時代の集落があり、戦争の痕跡があり、
同じ場所に、ずいぶん違う時代が重なっている。
昔は何も知らずに走り回っていた場所を、
今は立ち止まって眺めている。
歳をとるのも悪くない。
秋の笠寺公園と、変わらないもの

秋の笠寺公園を歩いた。
木々が少しずつ色づき、芝生ではのんびり過ごす人たちの姿がある。
ピクニックをしたり、ベンチに座ったり。
子どもの頃は、ここで秋の景色を楽しもうなんて思わなかった。
遊具があれば十分だった。



公園の入口には昔から動物のオブジェがある。
亀にウサギ、
タヌキらしきものに、シマウマらしきもの。
そして、スーパーマリオ気分で遊べる土管も隣に。
どれも自分が小さい頃からある。
今も変わらずそこにあるのが、なんだかおかしい。
でも、こうして歩いてみると、なかなかいい公園だ。
いや、きっと昔からそうだったんだろう。
ただ、そんなことを考えもしなかっただけで。

少し高台になった場所からは、
笠寺の街並みが見える。
木々の向こうには、笠寺観音。
その周辺には、昔ながらの商店街もある。
秋のやわらかな光の中で眺める笠寺の景色が、
なんともいい。
名古屋の中心部から離れた、南の街。
派手な観光名所ではないけれど、
弥生時代の暮らしも、戦争の記憶も、
今の子どもたちの日常も、ここにある。


こんな場所、名古屋にあるんですよ。
しかも、資料館は入館無料。
もっと知られていてもいいのにな、と思う。
自分にとっては、昔からある、ただの遊び場。
でも、今になってみると、
なかなかすごい場所で育ったものだ。
見晴台遺跡 愛知県名古屋市南区見晴町47