Local Stories and Daily Life from Nagoya
天満通りから名電へ抜ける道 ― ぽつんと残った「天徳」と、街の時間

千種区、天満通りから名電へ抜ける道と、
かつての振甫プールから清明山へ抜ける道。
その二つが交わる、
名前も知らない小さな交差点がある。
昔、このあたりには振甫市場があり、
本屋、文房具屋、ケーキ屋など、
いろいろな個人商店が並んでいたという。

少し前まで、その名残のように
交差点には古い平屋が並んでいた。
花屋さん、床屋さん、お寿司屋さん。
何かを目当てに訪れるような場所ではない。
ただ、何気なく通るたび、
そこにあるのが当たり前だった街の景色。



時代とともに、
店はひとつ、またひとつとなくなっていった。
そして最後まで残っていた平屋も、
この夏、ついに取り壊された。
そして、ぽつんと残った

そんな交差点に、
ぽつんと一軒だけ残っている店がある。
「天徳」。
きしめんと丼ものの店だ。

周りの平屋とは地主さんが違ったらしく、
取り壊されず、ここだけが残ったらしい。
向かいにあった昔ながらの酒屋さんも、
少し前に店を閉じ、
気づけば、この一角で
昔からの景色を残しているのは、
天徳だけになった。

天徳がこの場所で商いを始めたのは、
戦後のことらしい。
お母さんの前の世代から、
長いあいだ、この街角を見てきたということだ。
店に入ると、
お母さんがひとりで切り盛りしている。

メニュー表を見る。
きしめん、丼もの。
そして、思わず目を疑うくらいの値段。
あまりにも安いので聞いてみると、
「30年くらい、値段そのままですよ」
お母さんが笑いながら教えてくれた。

きしめんを頼む。
運ばれてきた丼から、
湯気がもくもくと上がる。
熱々で、味はやさしい。

かつ丼も、
なんというか、
おばあちゃんの家で出てくる懐かしい味がする。
うまい。
食べながら、
お母さんが昔の話をしてくれた。
人で溢れていた頃。
店が忙しかった頃。
この一角に、いろんな店が並んでいた頃。
「昔は忙しかったけどね。
今はもう、ゆっくり自分のペースでやってるの」
ときどき遠くを見るように、
その頃の景色を思い出しながら。


今、その景色はもうない。
店がなくなり、
平屋がなくなり、
また新しい家が建つ。
街は、そうやって変わっていく。



それでも、この交差点には
まだ少しだけ、あの頃の時間が残っている。
ぽつんと残った天徳。
あの頃から変わらない値段。
きしめんから上がる湯気。
昔の街を知る、お母さんの話。
何気なく通っていた、
名前も知らない交差点。
なくなっていくものと、
まだ残っているもの。
その間にある今の景色を、
残しておきたいと思った。
天徳 〒464-0096 愛知県名古屋市千種区下方町6丁目1