Local Stories and Daily Life from Nagoya
ブタコヤブックス ─ 笠寺に生まれた“挑戦する本屋” 船張 真太郎

一歩踏み出す勇気を持って
楽しさは後から必ず付いてくる。
船張 真太郎
吹上ホールの一角。
机の上には、それぞれの想いが詰まったZINEが並んでいた。
紙の匂い、
ページをめくる音、
著者とお客さんの会話。
ゆるやかに混ざり合って、会場全体がふわりとあたたかい空気に包まれている。
そんななか、一冊の朱色のZINEが目にとまった。
「起立、気をつけ、今から本屋を始めます。」

著者は、船張真太郎さん。
16年間勤めた小学校教員を辞め、この夏、笠寺で「ブタコヤブックス」という小さな本屋を開いた人だ。
どうして安定した職を手放してまで、本屋を?
ZINEのページをめくるように、船張さんはその理由を静かに、けれど確かな熱を込めて語ってくれた。


言葉をすくい取り、手渡していく──
Kotonohaの「街と輪郭シリーズ」では、
まちに息づく人の声を通して、その土地の文化や記憶、
においや温度を静かに描き出していきます。
第3回は、名古屋・笠寺に小さな本屋を開いた
船張真太郎さんのお話。
教員から書店主へと歩みを変えた彼の言葉をたどると、
日々の営みの中にある“挑戦すること”や、笠寺の街の手触りも、そっと浮かび上がってくる。
人生の大きな転機は、娘のある一言から

船張真太郎さんは、名古屋市南区・桜本町の生まれ。
父は個人事業を営み、暮らしは決して豊かではなかったが、不自由もなかったという。
ある日、両親がふと口にした
「個人事業は大変だから、将来は公務員になると良いぞ」
その言葉は、少年だった船張さんの心にしっかりと刻まれた。
やがて月日が流れ、両親の願いどおり、小学校教員として安定した道を歩み始める。
仕事は楽なものではなかったが、子どもたちの成長を見届けることに喜びを感じていた。
妻と二人の子どもにも恵まれ、穏やかな日々が続いていたそんなある日。小学2年生の娘がふと、こんなことを言った。
「将来は学校の先生になりたい!」
世間的には美しい話に聞こえるかもしれない。
だが船張さんにとって、その言葉はむしろ衝撃だった。
苦労して家族を支えた両親を見て「公務員になろう」と決めたように、自分もまた、知らず知らずのうちに「公務員は安定していて良いものだ」と娘に刷り込んでしまったのではないか ―― そう感じたのだ。
「もしかして、自分は娘の可能性を狭めてしまっているのでは?」そんな思いが頭をよぎった。
幼い娘には、もっと自由に夢を描いてほしい。
どんな道にも挑戦できる背中を見せたい。
そう考えたとき、船張さんの中で長いあいだ眠っていた“挑戦したい気持ち”が、静かに目を覚ました。
祖母の影響で司馬遼太郎を好んで読んでいた彼にとって、本はずっと身近な存在だった。
「それなら、本に関わる仕事を自分でつくってみよう!」
そう思い切って書店を開く決意をした。
「個人事業だっていいじゃないか。行動あるのみ!」
そう口にしたとき、真面目な教師生活の中でいつしか忘れていた冒険心が戻ってきた。

開業の地に選んだのは、笠寺観音商店街。
生まれ育った町のすぐ隣で、子どものころに遊んだ笠寺公園も近い。
かつて賑わいを見せた商店街は、いまではシャッターが目立ち少し寂しい雰囲気が漂う。
それでも、ここなら無理なく家族との時間を大切にできる。


「子どもが学校から帰る時間に『おかえり』と言えるのが何よりうれしいんです。」
人通りは少なくても、営業時間を自分で決められるのは個人事業の強み。
船張さんにとって笠寺は、働き方と暮らし方のバランスがちょうどいい、まさに理想の場所だった。
教員から書店経営へ──気づかされた「交流すること」の大切さ

ブタコヤブックスを開いて、もう三ヶ月。
店に足を運ぶのは、かつての教え子や友人、同僚、そしてSNSでこの店を知った読書家たちが多い。
一方で、平日の昼間にふらりと訪れるのは、近所に住む高齢の方々だという。
「目が悪いでよ、もう本は読めんわぁ。」
そう言いながらも、何となく店に立ち寄っていく。
「もちろん売り上げにはならないんですが、いいこともあるんですよ。」
そう言って、船張さんはやわらかく笑った。
ある日、おじいさんの話を聞いていたときのこと。
1時間ほど会話をした後、その方が目を輝かせてこう言った。
「また遊びに来てもええですか?」
そう言われた瞬間、胸の奥がじんと熱くなったという。
「遊びに来る」という何気ない一言が
歳の離れた友人がこの街に出来たような心地よさをもたらしてくれたのだ。
また別の日には、読書好きのおじいさんが「昔これが面白かった。」と何冊かの本を紹介してくれた。
その話がきっかけで、新たなジャンルの本を仕入れてみることもある。
人生の時間を重ねてきた人たちの言葉には、ブタコヤブックスの棚を少し変えるほどの力がある。
「正直、最初は店に長居される方をどう受け止めたらいいか分からなかった」と船張さんは振り返る。
けれど、そんな日々のやりとりが積み重なるうちに、気持ちにも確かな変化が生まれていった。
「今では、店の前にイスを置いたんです。本を読まなくても、ここで誰かと話したり、休んだりしてもらえたら嬉しいなと。もしブタコヤブックスが、身体の具合や年齢に関わらず、ふらっと立ち寄った人のちょっとした居場所になれるなら、それもまたいいなと思うようになりました。」

少し間を置いて、船張さんは続ける。
「この経験を通して気づいたんです。
大型書店とは違って、“街の小さな本屋”は、人との交流によって育っていくんだなって。」
人と人の間に生まれるつながりが、街を、そしてこの店を育てていく。
そんな実感を胸に、船張さんは今日も笠寺で、「この街らしい書店のかたち」を少しずつ描き続けている。
挑戦を恐れない姿勢は、
大学時代に見たあるニュースがきっかけに
いま、船張真太郎さんは「かさでらのまち編集室」のメンバーとともに、街の魅力について発信する活動に取り組んでいる。
静かな可能性が宿るこの街に、新しい風を少しずつ吹き込んでいるのだ。
編集室が発行するフリーペーパー『かさなる』では、
商店街の人々を取材し、日々の営みを丁寧に掘り起こしてきた。

また、笠寺観音商店街は「シェア型商店街」というビジョンを掲げ、「やりたいことを、みんなで応援できる街にしたい」という想いのもと、若者が集い、挑戦できる環境づくりを進めている。
こうした活動のなかでも、船張さんには「失敗への恐れ」はほとんどないという。
「いつも、まずは挑戦してみてから考えようって決めてるんです。迷うこともありますが、飛び込んだ先には
必ず楽しいことが待っている。それを知ってしまったから、もう挑戦はやめられません。」
そう語る彼は、もともとはどちらかといえば慎重で、
行動的とはいえないタイプだったという。
今のような姿勢に変わったきっかけは、大学時代に見た一つのニュースだった。
それは、長野県から自転車で日本一周に挑戦していた80代の男性の話。旅も終盤、ゴール目前というところで、事故に遭い帰らぬ人となった。
彼が日々口にしていたのは、「挑戦する」「一歩踏み出す」という言葉だった。

「このニュースは、当時の僕にとってものすごく衝撃的で。ゴールできなかったこともそうですが、それ以上にその方の行動力と言葉に、ビビビッと突き動かされるような感覚がありました。それで、真似事みたいに自分も日本一周の旅に出たんです。有名人でもない、一人のおじいちゃんの言葉なのに、今でもずっと心に残っているんですよ。」
その出来事が、「一歩踏み出す勇気」に変わった。
そして今度は、その勇気が、別の誰かに届いていく。
ある日、新聞で船張さんの記事を読んだという現役教師が、遠方からわざわざブタコヤブックスを訪ねてきた。
話してみると、かつて船張さん自身が抱えていたのと同じ悩みを抱えていた。
だからこそ、教員を辞めて書店を始めた姿に希望を感じ、「勇気をもらいました」と感謝を伝えに来たという。
かつてニュースの中の誰かに背中を押されたように、
今度は船張さんが、誰かの背中を押している。
勇気がまた、次の勇気を生む。
その静かな連鎖こそが、笠寺で彼が大切にしている“挑戦”のかたちだ。
人生は挑戦の連続。
船張さんも、そしてこの街も。
船張さんには、今ひとつの夢がある。
「いつか商業出版にも挑戦したいと思っています。SNSや音声メディアの発信も続けながら、“本屋×教員×物書き”として5年後の自分を楽しみに働いていきたいんです。続けているのが書店か、別の挑戦かは分かりませんが、それもまた楽しさだと思っています。」
人生は、いくつもの挑戦の積み重ね。
そしてそれは、この笠寺という街も同じだ。

いまは静かに見える商店街にも、まだ多くの可能性が眠っている。
船張さんのように、何かを始めたいと願う人たちの思いが少しずつ集まることで、この街もまた、ゆっくりと形を変えていくのだろう。
今日もまた、ブタコヤブックスの小さな机の上で、
新しい物語のページが静かにめくられている。
船張真太郎(ふなばり しんたろう)
名古屋市南区・桜本町出身。16年間の教員生活を経て、2025年に笠寺観音商店街で「ブタコヤブックス」を開業。地域に開いた本屋の形を模索しながら、まちづくりや取材活動にも取り組んでいる。
ブタコヤブックス 愛知県名古屋市南区笠寺町西之門33−1