名古屋の街を、そっと記録する。

Local Stories and Daily Life from Nagoya

Preview

モナミ写真館・兵藤ゆきえさん ー やさしいおせっかいが息づく場所

だって、
ほうっておけないじゃん

名古屋市北区山田町。
学問の神様として知られる
「山田天満宮」、
金運アップのパワースポット
「金(こがね)神社」のすぐそば。

昔ながらの家並みが残る路地の一角に、
まもなく創業100年を迎える写真館がある。

まちの人たちの大切な記念日や、
子どもたちの成長をみまもり、
あたたかな記憶を
撮りつづけてきた場所。

その奥には、やさしいおせっかいが
息づいている。


Kotonohaのロゴ

言葉をすくい取り、手渡していく──
Kotonohaでは、
名古屋に息づく人の声や温度を通して、
街の輪郭を静かに描いていきます。

今回は、名古屋・大曽根で
祖父の代からつづく
「モナミ写真館」を受け継ぐ、
兵藤ゆきえさんのお話。


リニューアルの裏にあった覚悟


ゆきえさんに初めて会ったのは、2年前。

「昔ながらの写真館を
リニューアルして
頑張っている人がいる」

そう紹介されたのがきっかけだった。

今どきは、スマホでも写真は撮れる。

まちの写真館に、
どれだけの需要があるのだろう。

そんな思いを抱えながら、
リニューアルしたばかりの
写真館を訪れた。

白と黒を基調とした空間。
センスのいい家具とインテリア。
あたりの下町風情からは
想像もしていなかった場所で、
ゆきえさんは笑顔で出迎えてくれた。

「ここを、みんなが
交流できる場所にしたくて」

「頑張っている人を、応援したい」

真剣なまなざしで語る
ゆきえさんを前に、
さっきまで頭の片隅にあった
「写真館の需要」なんて言葉は、
消えていた。


おしゃべりな写真館


ゆきえさんはいつも、
お客さんのことをうれしそうに話す。

「うちのお客さんがね、難関校に合格したの」

「90歳のおばあちゃんが、
ここに来るために長生きするって
言ってくれてね」

お客さん自慢は、止まることがない。

撮影に来たお客さんとも、よくしゃべる。

「この人、いつシャッター切るんだろう?」

そう思いながら見ていると
ゆきえさんに輪をかけて
よくしゃべるお母さんが出てきて、
あれやこれやと、世話を焼いてくれる。

気づけば、カメラの前で
緊張していたはずの人が、
肩の力を抜いて笑っている。


だって、ほうっておけないじゃん


あるとき、
こんな電話がかかってきた。

「うちの子が成人式に
行かないって言いだして…
ゆきえさん、話してくれない?」

電話の主は、
ここで成人式の前撮りをした
娘さんのお母さま。

ゆきえさんは
親戚のお姉さんでも、
仲良しのママ友でもない。
写真を撮っただけの、カメラマンだ。

なのに、なぜか頼りにされて、
当たり前のように引き受ける。

「お母さんの形見の着物を
成人式で着たいけど、どこに相談したら
いいか分からなくて…」

そんな父と娘にも、
「わかった、持ってきて」と
二つ返事。

「だって、ほうっておけないじゃん」

お人よしにもほどがある、
と思いながらも、
胸の奥がじんわり
あたたかくなる。


大嫌いだった写真館を、
守ると決めた日


「モナミ写真館」は今年で93年目。
祖父、父、そして三代目がゆきえさんだ。

今でこそ
“写真館の顔”のような存在だが、
かつては家業が大嫌いだった。

写真館の書き入れ時は土日。
家族で出かけた記憶はほとんどない。

運動会の日も、
友だちの家族に混ざって
お弁当を食べた。

「家族の思い出をつくる場所」を
守る両親に、自分の思い出は
置いていかれているように感じていた。

大学では
グラフィックデザインを学び、
広告代理店に進むつもりだった。

そんな中、父に頼まれて
手伝った年賀状のデザインが、
お客さんを泣いて喜ばせた。

その手応えが、心のどこかに残った。

そして、病床の祖父が最後に伝えた言葉。

「写真館を…守ってくれんか」

大嫌いだったはずの写真館。
でも、そこには祖父が守り、
父がつないできた「記憶」が詰まっている。

そのバトンの重さを
感じたとき、迷いは消えていた。


シャッターを切らなかった
10年があったから


二代目の父は、
フィルム撮影にこだわり、
「人物は真ん中、直立不動」
というスタイルを貫いていた。

ゆきえさんは、デジタル化を進め、
自然な表情を大切にした。

やり方は違う。

時に意見がぶつかることもある。
それでも、「この場所を続けたい」という
思いは同じだった。

やがて、
「ゆきえさんに撮ってほしい」と
言う人が増えていった。

カメラマンとして
キャリアをスタートした
ゆきえさんだが、
約10年間、自らシャッターを切らず
アシスタントに徹した時期がある。

「アシスタントって、
カメラマンより
お客さまに近いんです」

レンズ越しではなく、
人として向き合う時間は、
緊張や不安、ほんのささいな気持ちを
読み取る力を育んだ。

なにげない会話を通して、
本人もハッとするような
表情を引き出すのも、
いまや、ゆきえさんの得意技だ。


手ざわりも、温度も、息遣いも。


それだけじゃない。
ゆきえさんが愛される理由は、
プロとしてのゆるぎない姿勢にある、
と私は思う。

長年お付き合いのある、
大切なお客さんがいた。

子どもたちが独立し、
夫婦ふたりの暮らしに
なったことを機に、
曾祖父の代から100年続いた
家を手放し、マンションへ引っ越す
決断をしたという。

けれども、
愛着のある家を壊すことに、
どうしても踏ん切りがつかなかった。

「きちんと残したいから、
ゆきえさんに撮ってほしい」

柱の木目、庭に落ちる光、
思い出が染み込んだ壁の色。
家族の紡いできた時間を
すくいとるために幾度も足を運んだ。

美しい装丁のアルバムを
手にしたときお客さんの目からは
涙がこぼれた。

「これでやっと決断できる。
家を壊しても、もう悔いはない」

手に取れる写真は、
新しい場所にいっても、
家族とともに居続けてくれる。

ふとしたとき、
久しぶりに皆が揃ったとき。
「手ざわりも、温度も、息遣いも。
いつでも取り出せる」


ぜんぶ受け止めて、今日もシャッターを切る


「うれしい気持ちも、
不安も、迷いも、決意も。
ぜんぶさらけ出せる場所でありたい」

その言葉には、覚悟がある。

だからだろう。
ゆきえさんのもとには、
いろいろな思いを抱えた人がやってくる。

大切な人との残された時間のために。

手術を前にいまの自分を刻むために。

ありのままの自分を
表現するために。
その思いを受け止めて、
今日も、ゆきえさんは
シャッターを切る。

「写真館」で写真を撮るなんて
無縁だと思っていた私も、
先日、ゆきえさんに撮ってもらった。

それは、あらたな一歩のための一枚。
不安も迷いも、たくさんあったはずなのに、
仕上がった写真は、思っていたよりずっと
自信に満ちていた。

ここは、写真館だけれど、
写真館じゃない。

やさしいおせっかいが
息づく場所。


兵藤ゆきえ
名古屋・大曽根で祖父の代から続く「モナミ写真館」の3代目代表。七五三や成人式、家族写真を撮り続けながら、遺影写真のリサイズや思い出写真のデジタル化にも取り組む。一枚の写真に込められた家族の時間を見つめ、時代が変わっても、その物語を未来へ手渡し続けている。

モナミ写真館  〒462-0810 名古屋市北区山田三丁目1-72

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
T.hori

名古屋生まれ。 メルボルン、マニラを経て、約20年ぶりに地元へリターン。 街も、自分も、すこし変わっていて。 いまは、ローカルな手触りを探しているところ。 Tewatashi Projectでは、個人的で普遍的な地元の日常を、そっと切りとりたいです。

  1. パロマ瑞穂野球場|名古屋にある、ちゃんといいローカル野球場

  2. 100年近い時間を重ねるめん処|仲田本通・森川屋

  3. 名古屋たこ焼きの記録|熱田区・吉川屋という証明

PAGE TOP