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KOTONOHA

明山 聡一郎:「今池はおもちゃ箱」─ ごちゃまぜの街で紡がれる、人と人のつながり

今池はおもちゃ箱。

その面白さを

次の世代へつなぐ

明山 聡一郎


赤いネオンサインが灯る今池スタービル。昔ながらの飲食店が立ち並び、昭和レトロな雰囲気を残している。

ネオン街の匂いも、プロレスの熱気も、立ち飲み屋のざわめきも ──。

ごちゃまぜなのにどこか温かい。かつて「治安が悪くて怖い」と言われた今池は、いまディープな街として注目を集めている。

その今池で、人と人をつなぎ続けてきたのが、居酒屋『せんべろ元気』を営む明山聡一郎さんだ。

“今池の顔”と呼ばれる彼は、街を動かし、人に愛され、今池を盛り上げてきた。

「今池はおもちゃ箱」

その言葉には、街の面白さと奥深さがにじむ。


名古屋・今池の居酒屋せんべろ元気店内で、今池レディオのポスターを背景に笑顔を見せる店主・明山聡一郎

KOTONOHAは、“言葉をすくい取り、手渡していく”ことを主旨にしたドキュメント企画。その土地と関わりを持つ人の語りから、街の文化や記憶、においや熱を静かに浮かび上がらせていきます。

第一回の舞台は、名古屋・今池。

ごちゃまぜの街を歩き続けてきた明山聡一郎さんの言葉を通して、今池という街の輪郭が、にじみ出てくる。


雑多であたたかい、

おもちゃ箱のような街・今池


名古屋・今池の夜の商店街。せんべろ元気がある街並みには、ネオンと人の往来が混ざり合い昭和レトロと新しさが共存している

「この辺りは“子どもは近づくな”って言われていましたからね」

今では想像できない昔のとんでも話を、明山さんは笑いまじりに語る。

デイサービスを運営しながら居酒屋「せんべろ元気」を立ち上げ、今池の真ん中で輪を広げてきた。

店の壁には切り絵や似顔絵、抽象画が並び、横にはプロレスや今池祭りのポスター。

雑多なのに不思議と居心地がいいその空間は、今池そのものを映している。

「今池をひと言で表すなら──おもちゃ箱。」

面白い人もお店もごちゃまぜに詰まっているから、と明山さんは語る。

名古屋・今池の夜を照らす昭和レトロなネオン看板。居酒屋せんべろ元気と同じ街並みに息づくレトロな風景
名古屋・今池の夜の商店街を歩く人々。せんべろ元気をはじめ、今池の魅力的な飲み屋街が広がっている
名古屋・今池の夜。駐車場の前を自転車で走る人のシルエット。せんべろ元気がある今池の雑多な街並みを象徴する光景

しかし、かつては一見さんが入りにくい店が多かった今池….

そこに風を通そうと始まったのが“今池レディオ”だ。

今池を愛する人たちが垣根を超えてマイクを握り、思い思いに語り合う手作りのラジオ。

飾らない言葉で語っているだけなのに、不思議とこの街の熱気が伝わってくる。

酔っ払いの笑い声もあれば、店主のぼやきもある。人情も毒も哀愁も、ぜんぶ混ざっているのが今池の魅力だ。

名古屋・今池の居酒屋せんべろ元気で行われる今池レディオの公開収録。店主・明山聡一郎と出演者が語り合う
名古屋・今池の居酒屋せんべろ元気での今池レディオ収録。店主・明山聡一郎と来場者の笑い声が響く
今池レディオの公開収録の様子。マイクを囲んで、笑い声と拍手がせんべろ元気に響いていた。

「もっと多くの人に今池のディープな魅力を知ってほしい。身近に感じてもらいたい」

そんな思いから生まれたラジオは、何十軒もの店を紹介するうちに横のつながりを広げ、やがて街の絆へと育っていった。今池を好んで外から移り住む人も少なくない。「大阪っぽい街といえば今池」と聞き、単身赴任先に選ぶ人もいる。

「あたたかいし人を大事にする街。居心地がいいから変な人も集まってくる。まあ、変な人は排除するけどね」

冗談まじりに話すその奥には、街のつながりを守り続けてきた確かな思いがある。


「情けで行く店にはしたくない」

障がいと地域をつなぐ場所


名古屋・今池の居酒屋せんべろ元気で盛り上がる常連客たち。店主・明山聡一郎を囲み、笑顔で集う姿

せんべろ元気の店内は、いつも賑やかで笑い声が絶えない。
常連も一見客も関係なく、自然と輪に加わっていく。

けれどここは、ただの居酒屋ではない。昼から安く飲める場であると同時に、障がい者の就労支援の場でもある。

きっかけは、明山さんが運営するデイサービスに通っていた小学生の「将来は飲食店で働きたい」というひと言からだった。

その子が大人になり、夢を叶える場所として店は生まれた。
夢を語った小学生は、今日もせんべろ元気で働いている。

名古屋・今池の居酒屋せんべろ元気の受付カウンター。スタッフが注文対応を行い、日常の活気があふれる店内
名古屋・今池の居酒屋せんべろ元気の夜の外観。赤ちょうちんと看板が灯り、今池の飲み屋街に温かさを添えている

「就労支援のお店だからといって、義理や情けで来てもらう店にはしたくなかった。楽しいから行ったら、そこがたまたま就労支援の場だった── それが一番いいと思ったんだよね。」

その原点には、全盲だった祖父の存在がある。

自宅で鍼灸院を営み、自立して暮らしていた祖父。しかし一歩外に出れば、肩を貸す明山さんに向けられるのは偏見の視線だった。

「障がいがあろうがなかろうが、一人の人間として一生懸命やっているのに、なぜ理解されないのか」

その違和感が、いまも彼を突き動かしている。


閉塞感を破り、人と人の架け橋に


今池の居酒屋「せんべろ元気」を営む明山聡一郎さんが、店内で笑顔を見せながら語る姿。

明山さんの活動は、居酒屋や福祉だけにとどまらない。小学校のPTA会長を8年務め、学校と地域をつなぐ役割を果たしてきた。

始めたきっかけは、当時のPTA運営に抱いた違和感だった。

「街角パトロールで危険な場所を伝えても聞き流すくせに、お偉いさんには腰が低い。形だけの感じがすごく嫌だったんだよね。

会長就任後、学校と地域の結びつきは少しずつ変わっていった。

その象徴となるのが春岡夏祭りである。地域で続いていた盆踊りがコロナ禍で中止となり、そのまま廃止する流れが出ていたとき、

「それなら自分がやる」

そう決めて“親父の会”を立ち上げた。100人規模の実行委員をまとめ、小学校に交渉してグラウンドを借り、新しい夏祭りを作りあげたのだ。

昨年8月の夏祭りには、同級生である nobodyknows+ をゲストに迎え、世界で活躍する太鼓奏者がステージに立った。来場者は1000人を超え、夏の夜を大きな熱気で包んだ。

夏祭りの櫓に立ち、浴衣姿でマイクを持つ明山聡一郎さん。地域を盛り上げる活動の一場面。
提灯に照らされたやぐらの上で響く声。1000人を超える人々が集まった春岡の夏祭り。

こうした地域とのつながりから画家や日本舞踊家が小学校で特別授業を行うなど、新しい広がりが生まれている。

「縁が交わらず縦線になっているのは、もったいない。だから自分の人脈をつなげていく。そうすると、その先で新しい縁がまた生まれる。」

純粋に「今池を盛り上げたい」「子どもたちに楽しんでもらいたい」という思いが、彼を動かしている。学校運営の風通しが悪いと感じれば自ら動き、運動会の設営を親父の会で手伝うなど、連携を強めてきた。


次の世代へ、面白さを手渡すために


ネオンと街灯に照らされた名古屋・今池の夜の通り。新旧の店が並び、ごちゃまぜの魅力が漂う。
左に新しいバー、右に老舗キャバレー花園。昭和の面影と現代的な店が共存する今池の街角。
新しい店も、昔からの店も。混ざり合って、今池の新しい文化が連なっていく。

かつて「治安が悪くて怖い」と言われ、よそを受け付けなかった今池。

いまは新しい人が増え、つながりも広がり、街は過渡期を迎えている。

テレビで取り上げられるのは有名どころばかり。けれど実際には、まだ知られていない面白い場所が数多くある。明山さんはもっと面白く、もっと活気ある街にしたいと語る。

今池には、新しい店や人の流れが増える一方で、昭和の面影を色濃く残す場所も少なくない。昭和の匂いと新しいポップさが入り混じり、面白いながれができてきている。

「おしゃれなお店も増えてきたけど、ネオン街の奥に佇む老舗キャバレー花園みたいな、“生きた名古屋昭和レトロ”もちゃんと残ってる。そういう本当の今池も受け継ぎながら、もっともっと盛り上げていきたいね。」

映画「シャイニング」をモチーフにしたデザインTシャツを着て立つ明山聡一郎さん。今池らしい遊び心を表現。
自作の“今池ハードコア”デザインを着て、キャバレー花園の前に立つ。明山さんにとって今池は、遊び心と愛情が混ざり合う街だ。

「この街を“面白い”と感じた子どもたちは、大人になったら戻ってくる。自分が受け取ったものを今度は渡していく側になる。そうすれば今池は萎むことなく、何世代も続いていく。」

明山さんが見据えるのは、世代を越えて紡がれる街と、そこに関わる子どもたちの未来だ。

今年6月には商店街の常務会計理事に就任。世代交代のただなかで、中枢に入りながら次の街の形を模索している。

「一人の人、ヒューマンでつながっていきたい。障がいも世代も関係なく、みんな一人の人間だから。」

その信念どおりに、彼はいまも動き続けている。

おもちゃ箱のような今池の未来は、彼の手を通じて、さらに色鮮やかに広がっていくだろう。

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Taro Hori

名古屋生まれ。 メルボルン、マニラを経て、約20年ぶりに地元へリターン。 街も、自分も、すこし変わっていて。 いまは、ローカルな手触りを探しているところ。 Tewatashi Projectでは、ハイパーローカルな日常を、そっと切りとりたいです。

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  2. 名古屋インターバッティング | そのまんま名古屋時間 Vol.3

  3. 住宅街に突如潜む、桃厳寺の名古屋大仏|ひかえめな記録 Vol.5

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