Local Stories and Daily Life from Nagoya
ポツンと、街の花屋さん ─ Flower boutique flolla flore 玉井 紀恵

かわいいがいい。なんでもね。
玉井 紀恵
千種区の天満通りから、
愛工大名電のある方へ抜ける道。
車がそれなりに行き交う生活道路の途中、
信号のある交差点の角で、ふと視線が止まる。
小さな看板には「花と雑貨」。
ただ、ガラス越しに見えるのは花だけじゃない。
古い木箱、小さなガラス細工、少し色の抜けた鉢。
整いすぎてはいない、絶妙な洒落っ気。
「前から、ここにあったよね」
この道を使う人なら、
たぶん一度はそう思っている。
入ったことはなくても、存在は知っている。
なんかおしゃれで、あると嬉しい。
気づけば、
この街の一角の景色になっている。


言葉をすくい取り、手渡していく──
Kotonohaの「街と輪郭シリーズ」では、
まちに息づく人の声を通して、その土地の文化や記憶、
においや温度を、静かに描き出していきます。
今回の舞台は、名古屋・千種区下方町の住宅街。
交差点の角にポツンとある、花屋と手作り雑貨の店
flower boutique flolla flore(フローラ・フローレ)。
この店の名前を、きちんと覚えている人は
それほど多くないかもしれない。
でも、
「交差点の角の、あの花屋さん」と言えば、
この辺りに住む人なら、すぐに思い当たる。
お店をやっているのは、
優しく寡黙な瞳が印象的なおじいさん、玉井 紀恵さん。
玉井さんの生きた道や言葉を聞いていると、
お店のある街の風景が、
どんな時間や思いを重ねて生まれてきたのかが、
そっと浮かび上がってくる。
始まりは、一直線じゃなかった。
玉井さんは81歳。
名古屋市の南区出身で、若い頃は
トヨタの下請けでプレス設計の仕事をしながら。
デザイン学校にも通い、
チラシやパンフレットを作ったりしていたという。
「楽しいからって、
友達と好きなことばっかりやってたよね。
ちゃんと食べていかないといけないのに」
そう言って、玉木さんは懐かしそうに微笑む。
その後、美装会社に転職して内装デザインの基礎を学ぶ。
当時は、街は活気にあふれ、仕事で溢れていた。
玉井さんは、発注業務からお店のデザイン、
取り付け、左官、電気工事と、
日々忙しく現場で全部を覚えた。
刺激的な日々だった。
「でも、 自分はやっぱり、
コツコツ作るほうが好きなんだよ」
話すこと。
売ること。
人の間を取り持つこと。
「得意じゃないんだよね。嫌いじゃないけど」
そう言って、少し照れたように笑う。
「話すより、手を動かしてるほうが合ってる」

やがて友人と独立する。
豊橋を拠点に、店舗デザインや内装、看板を手がけた。
材料は自分たちで買いに行き、
現場で考え、現場で直す。
「宮大工さんの仕事を見ながら、真似してね。
あ、ここで逃がすんだ、って」
今とは違い、景気のいい時代。
街は活気にあふれ、仕事も途切れなかった。
その流れで、地元の大型スーパーの店舗デザインや内装を手がける会社に入る。
「とにかく忙しかった。どんどんスーパーも増えていく時代だったからね」
いくつもの現場を渡り歩きながら、
少しずつ手応えを集めてきた時間だった。
花屋らしさより、自分らしさ。
そのうち玉井さんも結婚した。
ちょうどその頃、働いていた会社が園芸の部門も始めた。
「もともと、花は好きだったんだよ」
そんなことがきっかけで、
当時の奥さんと一緒に園芸店を巡るようになった。
週末ごとに、花を見て回る。
「特別な理由があったわけじゃない。
でも、なんか落ち着いたんだよね」
縁があって、当時通っていた名古屋の老舗花屋に入ると決め、修行を始めた。
「ちょうど35歳くらいの時だったかな」

思い切った転職だったかもしれないが、
玉井さんにとっては、
植物の扱い方、季節の移ろい、
手入れの仕方。
自分と合っていた。
5年ほど経った頃、
八事日赤の近く、シンシア山手ビルに
昔の会社の園芸部門の店があり、
居抜きで「そこを引き継がないか」という話が来る。
人通りもあり、当時は名古屋の中でも
おしゃれなエリアだ。
よしやろうと決心した。
「ありがたいことに、
ちゃんと回ってたよ」
花は売れ、仕事として成立していた。
ただ、当時から花だけを並べる店にはならなかった。
「どうしても、
雑貨も一緒に置いちゃうんだよね」


自分の好きなもの。
形がいいと思うもの。
「花屋なんだけどさ、
それだけじゃ、ちょっと物足りなくて」
と、微笑む玉井さん。
そして山手通りでの手応えを背景に、
覚王山へと広げていく。
立地もよく、店としては順調だった。
けれど、店が増えるにつれ、
玉井さんの立ち位置は少しずつ変わっていった。
「気づくと、
花を触ってない日が増えるんだよね」
売上、家賃、人の管理。
必要なことだと分かっていても、
体の感覚は、少しずつ離れていく。
「人を育てたりしないといけない。
でも結局、自分が手を出してしまう」
現実と自分のあり方に迷う日々。
そんな気持ちの中で、
二つの店は、少しずつフェードアウトしていった。
それからある時、知り合いの会計士さんから、
愛工大名電の近くに借家があり、
よければそこで店をやってみないか、という話を持ちかけられた。
自分のペースに戻れる、ひとつのきっかけだった。
今の店と、そう遠くない場所だ。
「ここはね、
やりやすかったよ」
忙しくもあった。
でも、二店舗のときとは違う忙しさだった。
「楽しかったし、
自分のペースでできた」
花を触り、
手を動かし、
空いた時間で、何かを作る。
そんな時間が、また戻ってきた。
お店も、地元にしっかりなじんでいった。
好きなものは、勝手に集まってくる。

そんな時、2013年頃。
突然、立ち退きの話が来る。
「急だったね。
来月出てください、みたいな」
驚きはしたが、立ち止まっている時間はなかった。
「友達呼んでさ、一気にやった」
解体も、移動も、
自分たちの手で進めた。
ラッキーなことに場所も近場で、
同じ学区内の地域で見つかった。
街の流れとしては、ほとんど同じ場所。
そうして辿り着いたのが、
いまの flolla flore だ。
ここに来て、
好きなものが、まだどんどん溜まっていく。
独り身にはなったが、
玉井さんの時間が、そのまま見える。
花がある。
でも、それだけじゃない。
レトロなポスター。
花びらをロウで固めた装飾品。
色鮮やかな照明。
古着で作った花瓶。
どれも、昔の店から大事にしてきたものや、
新しく自分で作ったものだ。


「気づくとさ、
好きなものばっかりになってた」
増やそうと思って増やしたわけじゃない。
自然と、ここに集まってきただけだ。
その中に、若い頃に買った
レトロな本がある。
座っている足元あたりから、
ふと取り出す。
「これ、初任給で買った本」
クスッと笑いながら、
少し自慢げに見せてくれた。
ハリウッド映画のポスターデザインを集めた本だ。
給料が1万円の時代に、3,800円。
「高かったよ。
でも、書体やレイアウトの勉強になるから
どうしても欲しかったんだ」


ページをめくりながら、
玉井さんは少し目を細める。
「今も、たまに見るんだよ」
「別になんのプレミアムもないけどね。
今でも同じくらいの金額で、Amazonで売ってたよ」
そう言って、笑っておどける。
でも、そんなことはどうでもいい。
ずっと一緒にいる。
原点のようなものだ。
この場所で、この街と。
この場所に移ってきてから、
小学校も近くになり、
ご近所さんや地元の子どもたちとの時間も増えた。
「クリスマスの時期には、
クリスマスリースをみんなと作ったりね。」
「こんどは、ちびちゃん連れてきな」
そう声をかけながら、
みんなで工作をする時間が生まれていった。
作業台の上には、小さなガラス細工が並んでいる。
中にLEDを仕込み、スイッチを入れると、やさしく光る。
「ほら、光るんだよ」
楽しそうに話す玉井さんの表情に、
この店の正体が重なる。
花屋だけれど、花屋だけじゃない。
地元の人や子どもも、ふらっと集まる遊び場だ。

「自分がすきなものを、
みんなもどんどん好きになってくれる。」
そんな玉井さんには定期的に頼まれる、
兵庫に送るお供物の花の依頼がある。
「普通は、菊でしょ。
でも、僕は、形式性よりも可愛いものが好き。」
「だからカラフルで、
やさしい色合いの花でつくったんだ。」
「そしたらすごく喜んでくれて。
これでお願いします、って言われてね。」
「かわいいがいい。なんでも…。
派手とは違うんだよね。」
クスッと笑う。


ここ数年は、玉井さんは、足が思うようにいかなくなり、以前のように自由に歩くことが難しくなってきている。
お店を続けていくことも、
少しずつ、体に負担がかかるようになった。
「だんだん歳も重なってさ。
骨折もしたりして、
体も動かなくなってきてる」
「やりたいこと、行きたいとこはまだたくさんある。
でも、自分一人でするのは、本当に難しくて…」
「でも、みんなが助けてくれるんだよね。
このお店のインスタグラムのアカウントも、
近くに住んでた若いお客さんが始めてくれたんだよね。
僕には、さっぱりわからないから」
そうやって地元の人たちとのつながりがあり、
それぞれが flolla flore を思っている。

flolla flore は、
「こうしよう」と決めてできた場所じゃない。
積み重なった時間が、
自然と、ここに溜まっただけだ。
だから、説明しなくても、
この街の地元の景色になる。
かわいいがいい。なんでも。
派手じゃなくて。
そんな、やさしく、かわいらしい時間の感覚が
今日もこの交差点で、静かに息をしている。
玉井 紀恵
名古屋市南区出身。内装・デザインの仕事を経て、30代半ばから花の道へ。現在は千種区下方町で、花と雑貨の店 「 flower boutique flolla flore」を営む。
flolla flore 愛知県名古屋市千種区下方町5丁目
Instagram:https://www.instagram.com/flollaflore/